緑生い茂る大きな桜の木の根元
視線があうと、いつも彼女は微笑み返してくれる。
いつものように駆け寄ろうとすると耳元に聞こえるある言葉
「コナイデ・・・」
それが何を意味するのか分からず、気がつけばいつも無機質な道路の上に立っている。
一年に一度、その桜に墨色の花が咲き乱れる頃にだけ、僕は彼女の元へとたどり着ける。
ユラユラ・・・
記憶が揺れる
視界が揺れる
灰色の花びらに包まれて僕は見失った彼女の立っていた場所へと足を進める。
ザワザワ・・・
そこにできた人だかりは、僕を見て、まるで僕自身が幽霊であるかのようにー
「そんなものは存在しない。正気に戻れ。」
僕は、いつでも彼女を抱きしめる。
屈み込み、あらゆる衝撃から耐える姿勢をとり、彼女をかばう。
やがて僕の体は小さくなっていき、膝を抱え胎児のポーズへと戻っていく。
彼女は存在しなかった。
いや、彼女こそが私の本体。
存在とは常に搾取されるものだ。
私という存在は退行し、やがては私であったものに還っていく。
傷つき、悲しみを覚えたその身を癒すため
もう一度穢れた世界を浄化するため・・・
その桜の花びらは、目に見えない色をして冬に咲き乱れ、春に生まれる命を穢すという・・・
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