2007年10月27日土曜日

大人への道程

絶望であることは幸いである。
最も酷なのは、絶望の中に小さな希望を見出すことに他ならないから。

歌を詠う人は孤独を抱き、飼いならされる。
ありふれた日常に感動を覚え、言葉に置き換えるのだから。

何のために生きているのか、それすらも見失ってしまった。
時の流れは限りなく緩やかだが、その速度をもってなお、私の歩みは遅い。
私と言う軸がぶれ続けているからでもあるし、どこに辿り着きたいのかも全く見えていないからだ。
焦りは募るばかりだ。
2年前の今のなりたい自分を思い返す。
理想と限りなくかけ離れた現実…
大切なものは何か、全く見えなくなっていた。
それは何時でも、脳裏に警告を与えてくれていたのではないか。
見ない振りをした。目の前にある現実を避けたくなかったから。
周りには、私よりも年上の人ばかりがいる。
彼らに比べれば、私は若いと言える。時間が残されているとも。
そんな言い訳には何の意味もないことは分かっている。
少なくとも、彼らに認められる程度には社会性を身につけなければ理想さえも夢想に終わる。
故に、活路が見出せない。

危機感は生存本能である。
ただ、闇雲に感じるだけの危機感は死に急ぐ者のそれに似ている。
その割りに、重要な決断はこうだと決めたら躊躇せずに踏み出したりね。

・・・なんてね。

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