2009年3月8日日曜日

煉獄の定め

今が続いて欲しい、と思う時ほど将来において
過ぎ去った時間を思い起こさせ、還らぬ時を慈しむものだ。
時の流れは留まるところを知らず、無感動なままに過ぎ去って行く。
人生において「今、この瞬間」と思う時は
そのテーマにおいて自分が最も楽しいと感じている時間なのだろう。
何かが興れば、何かが廃れる。
それは遷り行く時の流れと共に、人の心もまた、流れに流されていくからなのか。
されど、時は過ぎても人の中に記憶は残る。
その時の自分がいたからこそ、今ここに、この瞬間を生きている。
幾重もの流れが平行同時に存在する。
我々は何か一つを、あるいはそれら複数を選び、共に生きようとする。
その流れはいつの日か文化と呼ばれる日が来るかもしれない。
脈々と繋がる人類と交差してきた幾多もの文化。
その起こりと終わりを見届ける中で
人はカタチあるものは滅びることを学んできた。
儚い。
限りあるからこそ美しい。
日本人はそう評する。
ある大きな流れの中で人は一体感を感じたとき
それは一瞬であったとしても
人は無限の時を感じる。
自分と言う歴史の中に「それ」を刻み込んでいるからなのだろう。
心の営み
精神文化は常に人の隣にあった。


ようするに何がいいたいかというと、例大祭行ってきました。
人多すぎ乙。

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